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- 歯科医院の経営 -

2019.04.22 DRCエクスプレス

百数十万円の高額給与でも更なる残業代の支払義務

 

大阪地方裁判所平成30年9月21日判決〔平成27年(ワ)第8027号〕は、Y法人が運営する歯科医院において院長及び管理者を務め、Y法人の理事でもあったX歯科医師が提起した残業代請求について、同医師の主張を概ね認め、Y法人に対し、遅延損害金等を含めて約2200万円の支払いを命じた。判決で認定された事実は概ね次のとおりである。
 
①X歯科医師は、平成25年1月11日にY法人で雇用され、同年9月1日から院長・管理者・理事に就任した。なお、理事等に就任する前後においてX歯科医師の職務内容や権限に具体的な変更はなかった。
②X歯科医師の給与は、最低賃金保証70万円の月給制であり、基本給15万円及び職務給10万円に加えて次のインセンティブが定められていた。
 自費インセンティブ:治療費の23%
 保険インセンティブ:治療費の10%。ただし、保険点数が20万点以上の場合は5万円増加毎に1%ずつ増加する(患者1人あたり1300点から1500点に収まらない場合には増加しない)。
③X歯科医師は、平成25年9月以降、160万円から330万円までの高額な月額給与を得ていた。
④X歯科医師は、平成27年4月30日付で退職したが、それに先立つ同年3月24日付通知書にて、Y法人に対して未払残業代を請求した。
⑤Y法人は、平成27年5月1日、未払残業代が存在しないことの確認を求める訴訟を大阪地方裁判所に提起し、これに対して、X歯科医師は、未払残業代等の支払いを求める反訴を提起した。

 
 

■解雇無効で34か月分もの給与支払命令

 上記訴訟において、Y法人は、主に、①X歯科医師が“管理監督者”に該当するので残業代が発生しないこと及び②高額なインセンティブ報酬の中に残業代が含まれていることを主張した。
これに対して、大阪地裁は、①X歯科医師が経営者と一体的な立場にあったとはいえないので“管理監督者”に該当せず、さらに、②インセンティブ報酬の中に残業代が含まれるという合意もなかったとして、Y法人の主張を認めなかった。
 
 その上で、大阪地裁は、平成25年3月分から平成27年4月分の残業代として919万1093円、これに対する遅延損害金として平成30年9月21日の判決時点で約450万円、さらに労働基準法114条に基づく付加金(一種の制裁金)として806万8183円を支払うよう命じた。これらの合計金額は約2200万円にものぼり、当該判決が確定してしまえば歯科医院経営に与える影響は計り知れない。
 
 

■管理監督者の要件は厳格

 一般的に週40時間又は1日8時間を超えて労働した場合は、雇用主は、超過した部分に応じて残業代を支払わなければならない。しかし、当該労働者が管理監督者(いわゆる管理職)に該当するときはその支払いを免れることができる(労働基準法41条2号)。
 
 その趣旨は、管理監督者が、経営者と一体的な立場にて重要な職務と権限を付与されている場合は、労働時間に関する規制が馴染まないというものである。そして、管理監督者に該当するか否かは、①労務管理を含め経営に関する重要事項の決定に関与しているか、②自己の労働時間(出勤)について裁量を有しているか、③賃金等の待遇がその地位に相応しいものといえるかを総合考慮して判断される。
上記訴訟では、X歯科医師が労務管理を含む重要な職務権限があったことはなく、Y法人では理事会が開催されたことはなかった(上記①)、休暇取得には理事長の許可が必要で、タイムカードによる勤怠管理も受けていた(上記②)、さらに、X歯科医師の給与は極めて高額であるが、その大半がインセンティブ報酬であって他の勤務医と算定方法に違いがない(上記③)、等々の事情から管理監督者には該当しないと判断された。
 
 よって、Y法人は、X歯科医師に対して、労働基準法に基づき残業代を支払う義務があると結論付けられた。このように裁判所は、裁判実務では管理監督者の要件を厳格に解しており、就業規則や雇用契約書で管理監督者として取り扱っていても(従業員が合意していたとしても)、後日それが無効と判断される事例は決して少なくない。
 
 

■インセンティブ報酬と残業代は別個のもの

 Y法人は、管理監督者に該当しないとしても、毎月の高額給与は全部込の金額であり、この中に残業代が含まれることをX歯科医師も合意していたと主張した。
 
 また、Y法人は、インセンティブ報酬を稼ぐために自ら積極的に長時間労働をし、その結果高額のインセンティブ報酬を受領しているにもかかわらず、これとは別に高額の残業代を支払わせることは権利濫用に該当すると主張した。
 
しかし、裁判所は、いずれのY法人の主張も排斥し、インセンティブ報酬の中に残業代も含まれることにX歯科医師が合意していた事実はなく、いずれも別個のもので権利濫用に該当しないと判示した。
 
 

■X歯科医師の合意があっても無効

 さらに、裁判所は、仮にインセンティブ報酬の中に残業代が含まれるとX歯科医師が合意していた場合でも、このような両者間の合意は無効であると判示した。
すなわち、我が国の判例では、残業代の支払いを徹底するため、基本給等に残業代を含める場合には、通常の労働時間の賃金に該当する部分と残業代に該当する部分とを判別できることを求めている。
 
 そのため、例え、高額な月額給与の中に残業代まで含んでいるとX歯科医師が合意していたとしても、どの部分が残業代に相当する部分か判別が出来ていない以上は当該合意は無効である。
 
 

 

■高額な報酬が仇に

 以上のとおり、Y法人は、160万円から330万円といった高額な月額報酬以外に残業代を支払う義務があるが、さらに、残業代を算出する際の基礎賃金にインセンティブ報酬まで含まれることには注意を要する。
 
 すなわち、高額な月額報酬に残業代が含まれないことは勿論、高額な月額報酬によって残業代まで高額になってしまうのである。Y法人としては、十分支払っているのだからという心情であろうが、むしろ十分支払ったことが仇になるのである。
 
  残業代の問題に限れば幾ら払ったかはさほど重要ではなく、どのように払ったかが重要となるのである。本件では、160万円から330万円といった高額な給与まで負担しているのであるから、そのうち残業代に該当する部分を評価して「残業代」として支払えば何らの問題もなかったのである。
 
 

■遅延損害金・付加金の罠

 上記訴訟では残業代自体は900万円余であったが、これに加えて遅延損害金約450万円及び付加金800万円余が加算されている。このように高額な遅延損害金や付加金は労働事件の一つの特徴であり、雇用主にとっては認識しておくべきリスクである。
 
 通常の遅延損害金は、特に合意等がない限り年6%であるが、残業代等の労働事件の場合には「賃金の支払の確保等に関する法律」という特別法があり、これにより退職以降の遅延損害金が「年14.6パーセント」となっているのである。
 
 さらに、残業代等の労働事件の場合において、裁判所は、法令違反の程度・態様、労働者の不利益の性質・内容等諸般の事情を考慮して、雇用主が支払わなければならない金額に加えて、これと同一額の「付加金」の支払いを命ずることができる(労働基準法114条)。
 
 Y法人が覚悟していたか否かは不明であるが、未払金自体が900万円余であるのに、判決に基づく支払命令額が約2200万円(約2.5倍!)というのは非常に大きなリスクと認識せざるをえない。
 
 

■働き方改革法と残業の上限規制

 今般、政府の働き方改革により労働基準法が改正され、これまで大臣告示にとどまっていた時間外労働の上限が、罰則付きで法律に規定されることになった。具体的には、時間外労働の上限が原則として月45時間・年360時間であることが明確となった。
 
 大企業においては既に2019年4月から適用されているが、中小企業においては1年間の猶予期間が設けられて2020年4月から適用されることになる。現時点において上限規制に抵触するおそれがある診療所は勿論のこと、そうでない診療所においても残業代に関するルールを再確認し、必要に応じて見直しをしておくことが必要である。
 
 

出典:厚生労働省ホームページより(https://www.mhlw.go.jp/content/000463185.pdf
 

 
 
 

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